コブジム プロット?
デュエルアカデミア本校に着いたその夜。
ジムは一人で散歩を楽しんでいた。
しっかりとした地面を踏むのは久し振りで、夜になってもベッドに入る気がしない。
それでなくてもこれからの本校での生活を思い浮かべると、期待に胸が膨らんで落ち着かない。
祖国とは若干様相が違う星を眺めながら湖のほとりを歩いていると、暗闇の中に先客がいるのに気付いた。
大きな体躯。
他人を拒絶するピリピリとした空気。
彼は思案するように、じっと空を見上げていた。
見つからない方がいいかな、と思った時には、彼はジムの方を向いていた。
その目が、驚きに見開かれた。
「……グッドイブニング、プロフェッサーコブラ。散歩ですか?」
しぶしぶ近寄り、ジムが挨拶をしても、コブラはジムを凝視したまま何も言わなかった。
近くで見れば、彼が動揺しているのが判る。
それほど他人に会いたくなかったのか。
何となく気まずい雰囲気に、ジムは困って視線を彷徨わせた。
「……ええと。
Sorry、お邪魔でしたか。それなら俺はすぐ帰るので」
「いや。……そうではない」
やっとコブラが口を開いた。
だがいつにも増して険しい顔で、ジムを見据えている。
その視線に射竦められ、ジムの足は凍りついたように動かなくなった。
「何故そんな、何でもないような態度をとる?
ここには私とお前以外に誰もいないのに……私が怖くないのか」
「What's? Sorry、意味がよくわからない」
「何故、怯えないのかと訊いているんだ。
ここはもう船の上ではない。逃げれば良いだろう……あんな事があって」
「あんなって……」
訳が分からず、ジムは首を傾げる。
何か、コブラに叱られるような事をしたのだろうか。
いくら考えても、思い浮かばない。
プロフェッサーコブラとは、本校に向かうクルーズで初見のはず。
まだ授業も始まっていない今、教員と生徒では接点自体が無い。
「プロフェッサー、申し訳ないけど、覚えにない。何か俺が悪い事をしたなら謝るけど…」
ジムの言葉に、コブラが息を呑んだ。
「覚えていない、というのか」
「残念ながら」
「…………」
低く唸って考え込んでしまったコブラを見て、ジムは今朝の事を思い出した。
目覚めた時、その前数日間のことはすっかり記憶から抜け落ちていたのだった。
「あぁ、そういえば。俺、ここ最近の事はほとんど覚えてないから、もしかしたらそれかな」
「なんだと?」
「風邪で熱を出して、それで意識が無かったみたいで……。
アモンが看病してくれたらしいけど、プロフェッサーにも迷惑をかけたなんて知らなかった」
「アモン……。アモン・ガラムか。
ヤツがそう言ったのか。風邪だと」
「Yes」
コブラが短く舌打ちした。
言葉を発しなくても、怒りの空気がはっきりと伝わってきた。
自分は余程の事をしてしまったのだろうかと、ジムはびくつきながらその様子を伺う。
やがて深いため息とともに頭を振り、コブラはジムに顔を向けた。
未だ忌々しげに眉間に皺を寄せていたが、ジムに向けられた視線は、意外にも穏やかだった。
「本当に、何も……覚えていないのか」
コブラはゆっくりと言葉を区切りながら問うた。
ジムは戸惑いながらその問いにうなずく。
責められているわけでもないのに、なぜか、とても申し訳ない気分になった。
「……そうか……なら良い」
「あの。プロフェッサー……もし、教えてくれたら、思い出すかも……何か悪い事をしたなら」
「いや。それには及ばない」
「But」
「この件はもう良い。お前は悪い事などしていない。
……ただ」
コブラは言いよどみ、ジムから視線をそらす。そして、独り言のように言葉を続けた。
「ただ、アモン・ガラムにはもう近づくな」
「?!!Why? あんなに良いヤツなのに」
「理由は言えん」
「プロフェッサー、いくら先生の言う事でも、それは」
「私は、お前のために言っている。ジム・クロコダイル」
「っ!!!」
そう言うコブラの顔を見て、ジムは口を噤んだ。
それは、それまでの彼の印象を覆すような表情だった。
優しく、温かく、そして少し悲しそうな。
会って間もないとはいえ、彼は常に硬い表情を保っていて、感情を表にする様などジムは見たことが無かった。
厳しく、口数少なく、とっつきにくい教師だと思ってた彼からは、想像もつかない優しい視線。
それが何故自分に向けられるのか理解できないまま、ジムは彼の顔に目を奪われていた。
大きな手が伸び、帽子の上から軽く頭を叩かれて、ジムは我に返った。
「……あ」
「お前は、もう少し用心深さを身に着けたほうがいいな。
そんなことでは、戦場で生きていけない」
「No kidding……俺はそんな場所には行かない」
「それでもだ」
帽子の上に乗ったコブラの手が、そのまま移動し、まるで愛しむようにジムの髪に触れた。
「お前が何も知らなくても……気付かなくても、何処だって戦場になりうる。
ここも、もう既に戦場だ」
「プロ、フェッサー……?」
どくん、と胸が跳ねた。
それはまるで、子供を案ずる父親のような仕草。
身長のせいで他人から頭を叩かれる事も髪を触られることもほとんど無いジムは、不慣れな感覚に照れてしまい、頬を紅潮させる。
だが、不快ではなかった。
遠い昔の、今では殆ど忘れてしまった親の記憶が蘇りそうになる。
こんな風に諌められたことがあっただろうか。こんなに優しい手で、頭を撫でられた事が……。
「判ったか」
「あ、……はい」
「ならば良い」
離れていくコブラの手を、一瞬、引きとめようとして、ジムは思い止まった。
名残惜しい、と感じてしまった自分を叱咤する。
どうして。
知り合ったばかりの他人に、どうして。
動悸が早い。
自分でも、何故そうなるのか判らない。
コブラを見ていられずに目を伏せれば、コブラはそれ以上何も言わず、静かに去っていった。
それでも熱を持った頬は当分おさまりそうに無い。
ジムは細く息を吐きながら、帽子を深くかぶりなおした。
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両腕で包むように抱き締められ、その強い力に息が詰まった。
「プロフェッサー?」
「拒むなら止めてやる」
すぐ耳元で声がした。
思い詰めたような、苦しそうな声だった。
「私は……忘れた事などなかった。忘れられるものか」
「What's……?」
「……すまん」
何に対する詫びなのかわからない言葉が囁かれると同時に、首元に顔を埋められた。
そのまま強く吸われて、ジムは小さく叫んだ。
「ッ、……なに……」
何をするつもりなのか、問うまでもなかった。
乱暴な手つきでシャツが除けられる。
潜り込んで来た武骨な手の平が素肌に直に触れ、ジムは身を竦めた。
ぞくりと背筋が震える。
その感覚に覚えがあるような気がした。
身体が動かない。
抵抗するべきだと判っていても、その力が根こそぎ奪われていく。
コブラは確認するように、首から胸へと口付けを落としていった。
いつでも抵抗されれば止めるのだと、決定権をジムに預けている。
ジムにとってはそれが余計に辛かった。
いっそ力ずくで、強引に抱かれたほうがいい。以前のように。
――……以前?
「あっ……」
何かが蘇りそうになったが、それは自分の声にかき消されてしまった。