レンタルジム

「有り難う助かったわ」
「マイドドウモ お安い御用さ」
覚えたてのおぼつかない日本語を交えつつ仕事を終える。
そう、仕事なのだ。
学業が本分の学生といえど金はいる。
デュエルに明け暮れる環境を用意されているアカデミアといえど細々とした雑品や嗜好品はタダではない。
殆どの学生は仕送りで賄えているがそうでない者もいる。
ましてや遠い海の向こうからやって来た留学生ともなればである。
とはいえアカデミアの関連施設しかない絶海の孤島で金策のしようもなかった。
そこでちょっとした頼まれ事を請け負うことにした。
無償での頼まれごとを厭わない親切な彼からしたら金銭を要求する事に思うところはあるようだったが金を支払う事で頼みやすくなる人間も少なくないという事実に納得してくれた。
一方的にしか面識のない有名人と依頼という形で関われるというのも密かな理由で始めてみたら中々な人気商売となっていった。
基本は時間貸しなので簡単な作業を頼み余った時間でちょっとした会話を楽しむ。
拘束時間が長くなる程に単価が上がっていく方式にしてストッパーを設ける。。
あくまで学生の小遣いの範囲ですまなければならない。
我々はデュエリストなのだから。
しかし勢いと無謀さだけなら何者にも勝る年代が集っている。
「随分とロングタイムだな。何をすれば良いのかな?」
オファーを受けたブルーの生徒と待ち合わせる。
「特に何がってわけじゃないんですけど……」
なるほど
講義のない午後の時間をまるっとレンタルしてきた彼の目的はわかりやすかった。
二人だけで散策し他愛ない話をする。
「フフ、まるでデートだな」
まるでも何もまさにそれこそがオファーの真の目的だろう。
「デュエルが出来ればベターなんだけどな」
時間貸しではデュエルを受けないルールにしている。
何度も言うが我々はデュエルアカデミアの生徒であり学業すなわちデュエルに対しては真摯であらねばならない。挑まれれば応える。そこに他の要因は不必要なのだ。
話を戻そう。
相手を退屈にさせやしないかと気をつかっているジムに食い気味にアカデミアでの人熱に疲れているだの落ち着いた時間が欲しかっただのと綺麗事を捲し立てているブルー寮生。
そんな見え透いた戯言にほとはと困り果てる。
「なるほど。チルアウト」
なんて事もなく真剣に言葉を受け取り考え込むジム。
人間は爬虫類なんかより圧倒的に裏があることを教えたほうが後々彼の為になるかもしれない。
「なら良い場所があるぜ」
そう告げるやいなや相手の手を取り歩きはじめる。
伊達に日々昼寝の場所を探していたわけではなかった。
カレンと二人落ち着ける場所ならまさにチルアウトにうってつけなのだろう。
なのだろうが……
どんどん人気のない所に迷いなく進んでいく。
適度な間隔で生い茂る木々の間の程よい下生えに腰を下ろす。
男二人で並んでも多少の余裕があるのは普段なら全長2メートルを超えるワニが居るからだろう。
普段なら。
カレンは今ジムの自室でステイ状態だ。
もちろん依頼主の希望で。
ワニの脅威は計り知れない。
「どうだい?」
自慢げな問いかけに同意を得ると破顔して
「ここはカレンもフェイバリットなんだ」
穏やかな時間が訪れる。
まさに
チルアウト
が、それで終わるのならば数時間も必要ないのだ。
「は?パードゥン?」
買った時間を無駄にしてなるものかと奮い立ち放った言葉に少しキツく返されたブルー寮生はたじろぎつつもまだ諦めない。
その要望を聞き取れていないわけはない。
それだけ彼女についてはデリケートであり特別なのだ。
プライベートゾーンど真ん中。
そのカレンと同じように自分を扱って欲しい。
一歩間違えなくても地雷踏み抜きなのは今のジムを見れば明らかである。
一秒の遅れが命取りとばかりに説得を試みる。
伊達にブルーに座しているわけではない。先々までの戦略を練って挑むのは当然のことだ。
いつも仲睦まじい様子を羨ましく見ていた。
自分も家族と呼べるものが一人居るが遠く離れてしまい会うことが出来ない。
寂しくて辛くて仕方がない。
擬似的にでも寂しさが紛れるのではないか。
どこまでが真実なのか。
どこかにでも真実があるのか。
ひたすらに同情を誘えるように言葉をつくし様子を伺う。
思案げな表情から一転纏った雰囲気が軽くなる。
「アンダスタンド」
深く考えているようで実は直感と行動力。優れた観察眼もフレンドとファミリーという単語の前には霞がかかる。
一拍を置いてフワリと笑うと両の腕を広げて言い放つ。
「カモン」
直下型!
その腕に開け放たれた胸元にそのまま裾野のように広がる胡座。
抗う気など毛頭なく飛び込む。
ジムは小柄ではない男子の体当たりをビクともせずに受け止めると仰向けに反転させ抱える。
目くるめく光景がひろがる。
腹部から胸部を優しく往復する左手。その間も首から回された右手が頬と顎を滑り落ちる。
「よしよし。気持ちいいか?」
耳朶に響く少したどたどしい声も心地良い。
至福のひととき。
ワニ羨ましすぎる。
側から見ればかなりアレな光景だが幸いにして人が通りかかることはない。そこはお墨付きだ。
そう。邪魔は入らないのだ。
このシチュエーションに反応しない青少年が居るだろうか。
もっともっとと望んでしまうのは人のサガなのだ。
そんな時には望まぬ不都合な未来など決してみえない。
優しく這い回るジムの手を半ば払いのける形で起き上がると全体重をかけて覆い被さる。
これにはさすがのジムも倒れ込まないわけにはいかなかった。
「ワオ! 元気だな」
戯れつかれている認識で笑い声を上げる。
そう。
元気なんです。とっても。
もうルールも同意も倫理も用をなさない。
この想いを止められるものがあるものか!
「そこまでだ」
額に何かが押し当てられるゴッという音が耳に刺さり遅れて頭蓋に衝撃を感じる。
一切の抵抗を許さない圧力。
額からのびるバレルの先に褐色の肌の男。
何故かサングラスをかけているため人相はわかりにくいがこの島で銃型のデュエルディスクを使うのは一人しか居ない。
額にかかる圧が増す。
押されるままに体を引いていくと反作用のようにジムが起き上がる。
「オブライエン?」
割り入ってきた人物に不思議そうに呼びかけている。
全て仕込みだったわけではなさそうだ。
そして闖入者は正体を隠しているとかそういうのではないらしい。
では何故サングラス。
「それに……ヨハンも」
なるほど。
発案者はこっちか。
特に理由はないが確信する。
「はいはいーごめんよー」
さらに割り込んでくる明るい蒼髪の男。特別仕立てのアカデミア制服にサングラスは壊滅的に合っていないがノリにノッている。
至福の空間から叩き落とされたブルー寮生は微動だにできずにいるがお構いなしだ。
「これ以上は追加オプションだぜ。出すもの出してもらわないとなあ」
以上などあり得ないだろうに取引を持ちかける。
後々問い詰めたら悪びれず「様式美ってやつだろ」と返してきた。
案の定餌に釣られた男が交渉を試みようとする。その耳元で何か囁かれると絶望し項垂れていた。
はなから払わす気などないのだと理解できる額だったのだろう。
食い下がることもさせてもらえず、とはいえ直ぐに切り替えることも出来ないブルー寮生は事の成り行きを見守っていたジムに物欲しそうな視線を向けていた。
「何だよ、何見てんだよ」
とどめを刺す声が低く放たれた。

「僕知ってるっすよ。美人局って言うんすよね」
「つつ……? 何だそれ?」
「アニキは知らなくていいザウルス」
レッド寮の食堂。
待望のエビフライを食べながらいつものメンツがいつもの通り過ごしていた。